#12 承認欲求について考える

日常

皆様こんばんは。さざなみです。

今回は私の承認欲求に対する持論をとりとめもなく語るだけのやつです。

そもそも承認欲求って何?

「承認欲求」という言葉、SNSが登場してから頻出単語になりましたよね。

前々から存在していたはずですが、一般人が自分のことを発信するハードルがものすごく下がったこと、そして発信に対し数字という見える形で評価がつくようになったこと、これで一気に広がったように思います。

元々承認欲求とは、アメリカの心理学者であるアブラハム・マズローの提唱した欲求5段解説で唱えられているものです。

人間の欲求は5段階の構造になっており、最下段の欲求から満たしては上段に登るを繰り返し、最上段の自己実現欲求に向かっていくというものです。

  1. 自己実現欲求
  2. 承認欲求
  3. 社会的欲求
  4. 安全欲求
  5. 生理的欲求

今回のテーマである承認欲求は上から2番目なので、上位の欲求ですね。

下から順番に簡単に説明していきます。(細かい説明は色々なサイトでされているのでご参照をば…)

5.生理的欲求

人間が生きるために必要不可欠な欲求です。3大欲求がこれに当たります。

4.安全欲求

安心して生活を送ること、健康や経済的な不安のない状態等を求めます。

3.社会的欲求

規模の大小は問わず、ある集団(地域社会、会社等)に所属し受け入れられていると感じることを求めます。

2.承認欲求

今回のテーマですね。他者から認められたい、尊重されたいという欲求です。

1.自己実現欲求

自分の能力を活かし、自身の理想的な状態となることを求めます。

曰く下位の欲求を満たせていないと上位の欲求は満たせないので、マズロー的に承認欲求の段階にいる人は、ある集団に所属し溶け込んでいるが、自分の理想への追求はできていない状態、ということですね。

他人に完全依存する承認欲求は危険ではないか

私自身、承認欲求は多少なりともあります。ブログ書いて自分発信もしていますね。

ただ他人に認められたくてどうしようもない状況かと言われると、そうでもないです。

何故なら自分を自分で認めている(正確には認めようと努めている)からです。

私の持論なのですが、承認欲求を満たすのは他者ではなく自分だと思っています。

他者から認められることはもちろん大事ですし、承認欲求を満たしますが、自分の承認欲求が他者に完全に依存し左右されてしまう状態は問題ではないでしょうか。

例えば自己評価の低い人が、新しく出来た恋人に全肯定してもらうことで承認欲求を満たした場合。

その恋人に振られた後は承認欲求が元に戻るどころか、「あんなに全肯定してくれた人さえも自分の元を去るとは、自分はなんてダメなんだ」と考え、よりマイナスになる可能性があると思います。

最低ラインでも良いから、自分で自分を評価し認めていることが前提として必要ではないでしょうか。

承認欲求のセルフ満たし方(私編)

自己流承認欲求の満たし方は超絶単純で、「毎日何でもいいから自分を褒める」です。

私は社会人になってから一人暮らしを始めたので、それまでは親元で経済的・健康的な不安を感じることなくのうのうと生きていました。

もっと早い段階で自立している方もいるので恥ずかしい限りですが、自分で自分を世話しなければいけない状態になり、ようやく「生きるって大変なんだ」ということを実感しました。

就活が思うようにいかず自分を卑下する気持ちも生まれていた頃でしたが、自分への期待値、ハードルが良い意味で下がりました。

仕事終わりに洗濯ができただけで偉い、作った食事が普通に美味しければ天才だ、と自画自賛するようになりました。

現代社会では成果や付加要素が自分の存在意義だと思ってしまいがちですが、人間はあくまで動物の一種であるし、原始時代には「個」なんて存在せず「人類」が生き延びること、繁栄することが最大の目的だった訳ですから、ただ今頑張って生きているだけで価値がある、目的は果たせていると思うと、少し楽になるような気がします。

大人になると他人から褒められることが少なくなるので、みなさんもぜひ自分で自分を褒めてみてください。

自分を世界で最も認められ、愛せるのは自分だと思います。

最後に

今回は私の承認欲求に対する考えをお伝えしました。

色々な考えがあるので私の持論が絶対では全くありませんが、そんな人もいるんだな~くらいに思ってもらえればなと。

最後までご覧いただきありがとうございました!

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